« February 2004 | Main | April 2004 »

2004.03.28

石は石じゃん

私ゃ、自他ともに認める石貧乏です!
(えっへん!って威張るナー〜!)

何故、そんなに石が好きなのか?と聞かれたら
そこに石があるからです(パクリ)
もう理屈でなく、石が好きなのです。
その煌めきを見ていたら、時間を忘れるくらいに。

占星術で考えると、石を趣味とする人は
土星に対して、金星がかかる人が多いようです。
また、それをサイキックとして能動的に使う時には
土星と火星と海王星のコンビネーションが見られるようです。

また、土星のサインが牡牛座になっている場合も
石好きになる可能性があるようです。

牡牛座は土のサインであり、物質そのものを示しますから、
手に触れてしかも美しいもの、宝石から結晶まで
鉱物でも美しさがないものには食指が動かないのでは。

ちなみに私は土星のサビアンは牡羊座の「水晶占い師」
金星のサビアンは蟹座の「カッティング途中の大きなダイヤモンド」。それがスクエアで、かなり緊密に関わっているというのも興味深いところ。

双方ともに、石に関わっていますが、
自分としてはこの土星の部分は、ゴツゴツした原石や
強烈なクラックを乗り越えてのセルフヒールドを遂げた水晶に
シンパシーを感じるようです。

で、美しくカッティングされたダイヤモンドという
これまた痛みを伴う象意を持つ蟹座の金星は、サビアンの象徴以上に、土星という厳しい修行を、二重で受けているということになります。

蟹座というのは、仲間や人の心情に、自らを飛び込ませて
一体となって共感を抱くサインですが、
それを牡羊座の土星が許しません。
結果的に、仲間との共感を熱望しながら、
何度も孤独の中に打ちのめされ、その中で
コツコツと自分のダイヤをただ磨くというのが、
生きるスタンスとなってしまうようです。

金星がそこまで関わるというのも、
人によっては不思議と思われるかも知れませんが、
実は私にとって、金星とはASCのルーラーであり
魂の根元の衝動を示している重要な天体なのです。

かように、人にとって、
それぞれ何か、大切なものがあるとすれば、
その人のチャートの象意を丁寧に辿り出していけば
分ると言うことになると思います。

石だけでなく、植物や特産品など、
その天体が象徴するもの、その人にとって
キーポイントになるものを側に置くことで
何らかの活路が見い出される場合もあるでしょうし、
まあ多分、そういう大切なアイテムは、
知らないうちに、引き寄せている可能性もあります。

これが本当のパワーグッズとなるのでしょうね。

ところで、石に話を戻しますが
石というのは、特にその土地の記憶を
封印しているのではないか、と私は考えています。

すると、石だから何でもいい、という訳ではなく、
もしその人にとって石が必要ならば、その人にゆかりの
土地の石や砂があれば、効果が倍増するのではないのでしょうか。

お砂取り という行為があるそうですが、
それはまさしくその発想の元に考えられたものかも知れません。

占星術で、アストロ・カートグラフィという技法がありますが
それは、それぞれ、自分にゆかりのある土地に移動するという
考えです。ただ、そうは言っても、そう簡単に海外にあちこち
移動できるものではないでしょう。

そこで、テクニックとして、石を使うのはどうかなあと
私は考えています。
普通の石や砂より、できれば結晶化したものが最高だと思います。

ただ、そうは言っても、人によってはせっかく木星の位置が分かっても
それが海の底だったりしたらどないすねん。
という事もあるかも知れません。
まあこれはまだアイデアの段階っていうわけですが・・・。

石というのは、物凄いものですね。
特に結晶したものの波動は、並外れたものがあるでしょう。
人の想いや念いなど、簡単にはね除けて
しまうだけのものがあるでしょうし、
人が自分のサイキック・パワーを使って、
何らかの想念を入れたとしても
本当の石の力はそれで曇るわけがない。

正直、そういう売り方をする人には
個人的に、言いようのない怒りを覚えます。

もちろん、想念によって、
何らかの影響を受けるのは間違いないでしょうが
それによって影響を受けるのは石を持つ人間だけ。

石は石じゃん。
本気で私は思うのです。

石と人との相性は確かにありますが、
それをねじ曲げようとするのは、人間のエゴだと。
そしてそのエゴに、影響されるのは真っ平だと私は思うのです。

何より、石に対して、失礼だと思うのですが。
どうでしょうかね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.03.22

セドナパニック?

Sedna_kidou.gif

いけだ笑みさんのサイトにも載せて頂きましたが、正直、私セドナが発見された数日は、微妙にパニックになっておりますた(苦笑)

NASAの発表で、翻訳システムにかけた文章の中で、
彗星が降ってくる??という記述が?と一瞬びっくりし、
英語の堪能な笑みさんに
「ホンマのこつどうなんでしょうか??(汗)」と
恐怖にびびりながらメールしたのですが、
笑みさんの「安心して!」と言う心強いレスに、
心底ホッとしたわけで・・。

いや〜、英語、ちゃんとできるようにならないとなあ〜〜。

ということで、上はセドナの軌道を、だいたいの範囲で
黄道12サインと対応させてみたらこーなった、という図です。
(クリックすると大きくなります)

こうやって見ていると、最も長いのは山羊座の時代と
いうことになりますね。次いで射手座、水瓶座かな。
反対に、最も短いのが蟹座時代ということになるのでしょうか。
はっきりと年数にすることは今はできませんけど、
ここまで極端なだ円形だと10倍以上は違うでしょうね〜。

ちなみに、冥王星を調べていた時に、
最も長いのは牡牛座の時代でした。31年。
セドナほど極端じゃないので、そんなに極端ではありませんが。
一番短い蠍座は11年しかありませんでした。

うん? 蠍座の守護星は冥王星なのに・・
一番短いなんておかしいなあ。

同じことがもし、仮に、
セドナにも対応できるとすると
セドナは蟹座の守護星??

セドナが大いなる母、と考えると
なんとなく納得できるかも・・・

っと、あくまでも仮の話でした。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.03.18

1万年の時を超えて、セドナ参上

痛くなったら すぐセドナ〜♪

・・・じゃ、ないってば(汗)
(どうでもいいが、
 セデスと1文字しか合っていないのに、
 何でこのギャグがスグ浮ぶんだろう・・・
 2ちゃんねるでも見かけたし・・・)

つーことで、盛り上がっている
天体・セドナ発見。

10番目の惑星か?と言われていましたが、
小惑星として落ち着きそうですね。

私は別にセドナが惑星かどうか、なんてことは
どうでもいいと思う。冥王星もしかりだけど。

それよりも、冥王星より遥かに長い軌道を持ち、
10500年かけてめぐる天体が存在していて、
それが今、発見された、ということに意味があるのだと思う。

だいたい、ここまで近くまで来なければ分らなかったし
発見されなかった天体なんですよね。

人類が現在の文明を築き上げて
有史以来、初めて体験するセドナとの接近。

私は以前から、歴史を調べていて
冥王星ではスパンが短すぎるなあと思っていました。

そして歴史や記録は、ある一定の期間以上になると、
いきなりふっつりと消えているのです。
化石として発見されている人類の軌跡を辿れば
20万年にもさかのぼれるというのに・・・。

今回セドナは、人類に、いや地球に、
いや太陽系そのものに
一体何をもたらすのでしょうか。

それでもなおかつ、凄いと思うのは、
それだけ大きな軌道を持つセドナですら、
宇宙から見ればまだまだ狭い範囲しか
移動していない、ということ。

私達がいかに小さいか、本当に思い知らされます。

ところで、セドナはイヌイット(エスキモー)達で
信じられている神話の女神です。
しかしこの神話たるや、
読めば読む程、げんなりしてしまうような内容で。

詳しいことは以下のサイトに詳しく書かれていました。

http://kotonoha.main.jp/2004/03/16sedna.html

なんつーか、このセドナって妙に親近感がありますよね(苦笑)
っていうか、今、こーゆーことを言っている人って多くないかな。
男女の区別なく。

親のスネを齧って生きていくことの安楽さにあぐらをかいて、
結婚することのしんどさに目を背けている。

って他人事のよーに言ってますが(汗)
もちろん、私も含めての話ですだよ(汗)

で、いき遅れた挙げ句、鳥人間と結婚すると。

しかし、私がセドナだったら・・・
例え相手が鳥人間でも、カラスでも、愛すると思う。

一度愛した人なら、相手がどんな存在でも愛を貫くよ。
鳥だろうが犬だろうが、妖怪だろうが宇宙人だろうが。

結局、セドナが何故、死ななくてはならなかったのか。
それは、彼女が、人として生きていなかったから。
受動的な彼女がもし人としての能動性を思い出し、
ダンナになった鳥人間と結ばれたら、
この話はもっと違ったものになったのかも知れませんね。

私は、このセドナというのは
聖と俗を象徴しているのでは、と思っております。

誰の中にでもある、最も身もフタもない部分。
それはきっと、生きる為の最後の生存本能かも知れません。

そして、それを捨てるか、いや、
それを超越できるかどうかを、セドナは問うのかも・・・。

・・・どちらにしても、私達にはスケールが大きすぎて
分らない世界ですが。

こういう物凄い節目に私達が生まれたということを
私達は認識すべきだし、受け入れるべきなのでしょう。


自分の生を、真に生きる。

人として。


これからは、それができるかどうかが、
問われる時代となるのでしょう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.03.06

冥王星は、愛なのだ。

「愛には、光と闇があるのよ。」

これは、
某所開設のため、せっせと掃除をしている時に、
しみじみと、院長が語っていた言葉。

愛かあ・・・・・。

確かに、分る。

愛ゆえに、時に人は苦しみ、憎しみをあらわにする。
というより、憎しみとは愛の闇の部分なのかも知れない。

その話をしていた時、数日、どうも私は
変な状態だった。頭が痛く、首の辺りに何かを
常に差し込まれているような感覚が取れない。

だからだろうか、その時、
私は微妙にトランス状態になっていた。

愛・・・。光と闇・・・。

心・・・。深淵・・・。

・・・
8ハウス・・・。蠍座・・・。


冥王星・・・。


「そうか・・・冥王星って、実は愛なんだ。
 愛を象徴している天体なんですね!」

ゴミ袋を振り回しながら、少しだけ興奮して
私は振り返って、院長に叫んだ。

「なーに言ってるのよー、それって、だから今、
 私がずーっと言ってることじゃーん!」

「そうか・・・・・・。」

愛着があるからこそ、人はそこにこだわる。

人が生まれた瞬間、冥王星のあった場所は、
最もその人が愛着する場所であり、
時には憎しみを伴いながら、そこを正視することもなく
ただひたすらに、感情の呪縛にとらわれて
何かに操られているように、その行為を繰り返す。

私は兼ねてから、8ハウスというのは
心のハウスだと思っていた。
信頼とか、人と人の絆を象徴する場所だと思っていた。

蠍座や8ハウスが強い人が、何故、自分より
人との繋がりや、心そのものにこだわるのかと
私はずっと不思議だったのだけど、今はよく理解できる。

彼らは、本当に、人との繋がりに意味を見い出している。
それが生きる意味だと思っている。

つまり、愛を最も大切に思う人たちなのだ。

愛とは、一人では出来ない。
一人で盛り上がるのは恋であり、5ハウスや獅子座の管轄だ。

まず心を許す人やものがいて、その対象にどっぷりとハマり、
自分という枠を壊し、外から新たな力をチャージする、
変容のための大切なプロセス。

それが愛であり、
蠍座(方向性)であり、8ハウス(場所)であり、

冥王星(行動)なのだ。

ただ、それを「無意味だ」と散らすのが、
次に続く射手座であり、スクエアの水瓶座。

獅子座は人のことなど関係なく恋に走り、
自分をまず大切にする牡牛座は、
自分より人を大切にする蠍座のことを、
きょとんと見ている。

うーん。深い・・・。

冥王星=愛 だとすると、愛の無敵さがよく分るし、
愛をどこか恐れている男たちのことも理解できる。
愛は感情の産物であり、女の専売特許だからだ。
(もちろん例外もあるだろうけど)
まさに感情の真髄。

しかし、冥王星が愛だとすると、
それに匹敵する、ロゴスを象徴する天体は何だろうか。

私は、それは天王星だと思っている。

冥王星に比べて天王星か、と思われるかも知れない、
けれど、やはり、それしかないと思う。

水瓶座のルーラーであり、自立を目指して
常に飛び出そうとする天王星。

天王星はウラヌスを象徴している。
冥王星はプルート(地下)。

天王星は、土星によって成敗される。
男性性を放棄し、その中から金星が生まれた。

金星は、ずっと以前は、闘いの星と呼ばれ、
凶星の扱いを受けていた。
今の金星は、もしかしたら、土星によって成敗され
地に落された、力を失った女性性なのか。

少し脱線してしまった。
何はともあれ、天王星と冥王星というのが
自分の中でも、最も葛藤を抱えた激しい部分というのは
本当に、分る。
それこそがスサノオなのだろうし、
動乱の世には必ずあらわれるコンビなのだと思う。

あたかも火と水の闘い。

私達の世代は、その最も困難な物事を、
なんとか融合させようと、試みる世代なのか。

天王星と冥王星。

乙女座において、しかも最も人の下意識と繋がる部分において
革命のアスペクトを持つ私達は、
来る動乱の時代に備えて、まず人の心の在り方を
変えようとする、時代の節目の調整役として
生まれてきたのかも知れない。

最も、苛酷で、
最も、刺激的なこの世に。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« February 2004 | Main | April 2004 »