2005.04.16

心の弱さを乗り越えて 〜いま、闘っている全ての人たちへ 〜

かの有名な映画、ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)は、本当に名作だと思います。

あの映画が素晴らしいのは、主人公のフロドが、余りにも弱い、存在でありながら、自分の器に入り切らない大きな試練を背負い、まさに、心身ともに深く傷つきながら、自分との影と誘惑と闘いながら、大きな試練を乗り越えたこと。

そして、その試練を乗り越えたことによって、以前の自分には戻れない、という残酷な現実を受け入たこと。
そして、より大きな世界へと一体化していったということ。

それを遂げたのが、屈強な戦士ではなく、私たちと全く同じ、悩み、苦しみ、時には己の誘惑に振り回され、何度も勇気を失い倒れる、一人のホビット、フロドである、ということ。


これを、ただの、架空の物語りと、思うことは簡単です。

しかし、それが例えただのフィクションであろうと、クリエイターを通して、世界に向けて送られるメッセージだとすれば。


私たちは、立ち上がらなくてはならない。

自分の、心の弱さを、受け入れて、そのうえで。

ちっぽけな私が出来ることを、考え、行動し、それが失敗しても、間違えても、出来なくても、とにかく一歩、一歩、進んでいくのです。


私も、小さな、弱い人間です。

だからこそ、大空を飛ぶことは出来なくても、地面を一歩一歩、歩いていくことができる。


いま、この世界で、どれだけ多くの人が、苦しんでいることでしょう。

時には、不条理な別れがあり

時には、どんなに言葉を尽くしても、真意が伝わらないことがあり

時には、行き場の無い怒りの劫火に焼きもだえ

時には、自分の目指す方向すら、全く見えなくなる時もあり

時には、明日の命すら分らない時もあり

時には、現実の残酷さに打ちのめされ

時には、自分の存在の全てを否定されるような体験をし

時には、後悔の海の最中に沈み込み

時には、修羅と畜生と餓鬼の魑魅魍魎の仕打ちに、誇りを失って堕ちて

何を信じていいのか、分らなくなる、そんな人がいま、多いでしょう。


しかし、信じて下さい。


私たちが、この世界に生まれたのは、
一人ひとり、役割があるからです。

その役割を全うするまで、私たちは、生きていいのです。

いえ。生きなくては、ならないのです。

その旅を選んだのも、また、自分なのだから。


それに気付いたら、少しだけ、朝は近付いています。


暗闇が深いからこそ

もうすぐ、朝は、来るのです。


来ない朝は、ありません。


そして今度は
朝日のもと、今まで気付かなかった、隣人の苦しみと悩みが見えるようになるでしょう。

その時は、あなたが、隣人に、朝が近いことを、教えてあげてください。

*****


以下に、私の「恩人」が、私のために、送ってくれた、メールから、ロードオブザリングのエンディングテーマ、エンヤの「May It Be」の歌詞を、引用します。

どんなに言葉を尽くしても、伝わらない想いがあります。

私が、どんなにこの歌に救われたか。


本当に、ありがとう。


*******
May It Be

May it be an evening star
Shines down upon you
ある時は宵の明星が
美しい輝きをあなたに注いでいる

May it be when darkness falls
ある時は夜の闇がせまる

Your heart will be true
どんな時も心の声に耳をかして

You walk a lonely road
長い道をたった独りで歩いて

Oh! How are you are from home
懐かしい故郷は今はもうはるか彼方

Mornie utulie (darkness has come)
モルニエ ウトゥーリエ(暗闇の中でも)

Believe and you will find your way
あなたは見つける自分の進むべき道を

Mornie alantie (darkness has fallen)
モルニエ アランティエ(暗闇に閉ざされても)

A promise lives within you now
あなたは光に導かれる

May it be shadows call
ある時は不吉な声が響き

Will fly away
不安に負けて勇気がくじける

May it be your journey on
To light the way
ある時は明るい光のもとにたどり着く

When the night is overcome
夜の闇を恐れずに耐えれば

You may rise to find the sun
やがて太陽が目の前に昇ってくる

Mornie utulie (darkness has come)
モルニエ ウトゥーリエ(暗闇の中でも)

Believe and you will find your way
あなたは見つける自分の進むべき道を

Mornie alantie (darkness has fallen)
モルニエ アランティエ(暗闇に閉ざされても)

A promise lives within you now
あなたは光に導かれる

A promise lives within you now
あなたは光に導かれる

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2004.05.02

どんな死に方も苦しいと言うのなら

DSCN4880

私の母方の祖母が無くなった瞬間、私は500キロ以上離れた場所で、彼女の気配を感じた体験がある。

私の場合は、匂いだった。
懐かしい、田舎の匂い。祖母の香り。

そしてその時同時に、姉も急に「胸騒ぎがする」とわめきながら、私のいた居間に飛び込んで来た。翌朝、亡くなった連絡を受けた時に臨終の時間を聞いて、納得したのを覚えている。

祖母は、長く意識を失い、点滴だけで命を数カ月繋いでいた状態だった。84歳だったから、往生したと言うべきだろう。

しかし、その今際の際の話を聞いて、私は愕然とした。
体は、最後の最後まで、生きようとしていた。最後に激しい痙攣を起こし、周りにいた彼女の娘たちが、その体を飛び跳ねないように、押さえたというのだ。

私はそれを聞いて、眠るように死ぬなどということは、実は全く希有な例なのだ、と思った。

死ぬ、ということは、本当に苦しいことなのだ。


以前、何らかの時に、私は変成意識の中で泣きながら、苦しい、もう楽になりたいとわめいていた時がある。
確かに、自分の生から手を放し、大いなるものと同化してしまえば、体を持つ苦しみからは解放されるだろう。

しかし、生まれた時と同じくらい、死ぬ時もまた、壮絶な体験なのだろう。

どんな死に方をするにせよ、地獄の中を通過するのが、この世に生まれて来た者たちに架せられた試練だというのなら、それはやはり、仕方が無いことなのだろう。

そして、どうせ死ぬのなら、その瞬間に後悔しないように、精一杯長くて短い「生」を生きるしかないのかも知れない。


ああ、それにしても、どうして私達は体をもってこの世界に生まれて来たのか。
地獄の中に突き落とされて、他の生命を奪い、業を身にまといながら、闘い生きていかなければならないのか。

最近、そんなことばかり考えている。
でも、答はもう、とっくの昔に分かっている。

私は、この世界を愛している。
苦しみの中、闇の中だからこそ、小さな幸せ、暖かい光がなんと貴重なことか。
それを教えてくれる、哀しくも美しい世界を愛しているのだろう。

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2004.03.28

石は石じゃん

私ゃ、自他ともに認める石貧乏です!
(えっへん!って威張るナー〜!)

何故、そんなに石が好きなのか?と聞かれたら
そこに石があるからです(パクリ)
もう理屈でなく、石が好きなのです。
その煌めきを見ていたら、時間を忘れるくらいに。

占星術で考えると、石を趣味とする人は
土星に対して、金星がかかる人が多いようです。
また、それをサイキックとして能動的に使う時には
土星と火星と海王星のコンビネーションが見られるようです。

また、土星のサインが牡牛座になっている場合も
石好きになる可能性があるようです。

牡牛座は土のサインであり、物質そのものを示しますから、
手に触れてしかも美しいもの、宝石から結晶まで
鉱物でも美しさがないものには食指が動かないのでは。

ちなみに私は土星のサビアンは牡羊座の「水晶占い師」
金星のサビアンは蟹座の「カッティング途中の大きなダイヤモンド」。それがスクエアで、かなり緊密に関わっているというのも興味深いところ。

双方ともに、石に関わっていますが、
自分としてはこの土星の部分は、ゴツゴツした原石や
強烈なクラックを乗り越えてのセルフヒールドを遂げた水晶に
シンパシーを感じるようです。

で、美しくカッティングされたダイヤモンドという
これまた痛みを伴う象意を持つ蟹座の金星は、サビアンの象徴以上に、土星という厳しい修行を、二重で受けているということになります。

蟹座というのは、仲間や人の心情に、自らを飛び込ませて
一体となって共感を抱くサインですが、
それを牡羊座の土星が許しません。
結果的に、仲間との共感を熱望しながら、
何度も孤独の中に打ちのめされ、その中で
コツコツと自分のダイヤをただ磨くというのが、
生きるスタンスとなってしまうようです。

金星がそこまで関わるというのも、
人によっては不思議と思われるかも知れませんが、
実は私にとって、金星とはASCのルーラーであり
魂の根元の衝動を示している重要な天体なのです。

かように、人にとって、
それぞれ何か、大切なものがあるとすれば、
その人のチャートの象意を丁寧に辿り出していけば
分ると言うことになると思います。

石だけでなく、植物や特産品など、
その天体が象徴するもの、その人にとって
キーポイントになるものを側に置くことで
何らかの活路が見い出される場合もあるでしょうし、
まあ多分、そういう大切なアイテムは、
知らないうちに、引き寄せている可能性もあります。

これが本当のパワーグッズとなるのでしょうね。

ところで、石に話を戻しますが
石というのは、特にその土地の記憶を
封印しているのではないか、と私は考えています。

すると、石だから何でもいい、という訳ではなく、
もしその人にとって石が必要ならば、その人にゆかりの
土地の石や砂があれば、効果が倍増するのではないのでしょうか。

お砂取り という行為があるそうですが、
それはまさしくその発想の元に考えられたものかも知れません。

占星術で、アストロ・カートグラフィという技法がありますが
それは、それぞれ、自分にゆかりのある土地に移動するという
考えです。ただ、そうは言っても、そう簡単に海外にあちこち
移動できるものではないでしょう。

そこで、テクニックとして、石を使うのはどうかなあと
私は考えています。
普通の石や砂より、できれば結晶化したものが最高だと思います。

ただ、そうは言っても、人によってはせっかく木星の位置が分かっても
それが海の底だったりしたらどないすねん。
という事もあるかも知れません。
まあこれはまだアイデアの段階っていうわけですが・・・。

石というのは、物凄いものですね。
特に結晶したものの波動は、並外れたものがあるでしょう。
人の想いや念いなど、簡単にはね除けて
しまうだけのものがあるでしょうし、
人が自分のサイキック・パワーを使って、
何らかの想念を入れたとしても
本当の石の力はそれで曇るわけがない。

正直、そういう売り方をする人には
個人的に、言いようのない怒りを覚えます。

もちろん、想念によって、
何らかの影響を受けるのは間違いないでしょうが
それによって影響を受けるのは石を持つ人間だけ。

石は石じゃん。
本気で私は思うのです。

石と人との相性は確かにありますが、
それをねじ曲げようとするのは、人間のエゴだと。
そしてそのエゴに、影響されるのは真っ平だと私は思うのです。

何より、石に対して、失礼だと思うのですが。
どうでしょうかね。

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2004.03.22

セドナパニック?

Sedna_kidou.gif

いけだ笑みさんのサイトにも載せて頂きましたが、正直、私セドナが発見された数日は、微妙にパニックになっておりますた(苦笑)

NASAの発表で、翻訳システムにかけた文章の中で、
彗星が降ってくる??という記述が?と一瞬びっくりし、
英語の堪能な笑みさんに
「ホンマのこつどうなんでしょうか??(汗)」と
恐怖にびびりながらメールしたのですが、
笑みさんの「安心して!」と言う心強いレスに、
心底ホッとしたわけで・・。

いや〜、英語、ちゃんとできるようにならないとなあ〜〜。

ということで、上はセドナの軌道を、だいたいの範囲で
黄道12サインと対応させてみたらこーなった、という図です。
(クリックすると大きくなります)

こうやって見ていると、最も長いのは山羊座の時代と
いうことになりますね。次いで射手座、水瓶座かな。
反対に、最も短いのが蟹座時代ということになるのでしょうか。
はっきりと年数にすることは今はできませんけど、
ここまで極端なだ円形だと10倍以上は違うでしょうね〜。

ちなみに、冥王星を調べていた時に、
最も長いのは牡牛座の時代でした。31年。
セドナほど極端じゃないので、そんなに極端ではありませんが。
一番短い蠍座は11年しかありませんでした。

うん? 蠍座の守護星は冥王星なのに・・
一番短いなんておかしいなあ。

同じことがもし、仮に、
セドナにも対応できるとすると
セドナは蟹座の守護星??

セドナが大いなる母、と考えると
なんとなく納得できるかも・・・

っと、あくまでも仮の話でした。


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2004.03.18

1万年の時を超えて、セドナ参上

痛くなったら すぐセドナ〜♪

・・・じゃ、ないってば(汗)
(どうでもいいが、
 セデスと1文字しか合っていないのに、
 何でこのギャグがスグ浮ぶんだろう・・・
 2ちゃんねるでも見かけたし・・・)

つーことで、盛り上がっている
天体・セドナ発見。

10番目の惑星か?と言われていましたが、
小惑星として落ち着きそうですね。

私は別にセドナが惑星かどうか、なんてことは
どうでもいいと思う。冥王星もしかりだけど。

それよりも、冥王星より遥かに長い軌道を持ち、
10500年かけてめぐる天体が存在していて、
それが今、発見された、ということに意味があるのだと思う。

だいたい、ここまで近くまで来なければ分らなかったし
発見されなかった天体なんですよね。

人類が現在の文明を築き上げて
有史以来、初めて体験するセドナとの接近。

私は以前から、歴史を調べていて
冥王星ではスパンが短すぎるなあと思っていました。

そして歴史や記録は、ある一定の期間以上になると、
いきなりふっつりと消えているのです。
化石として発見されている人類の軌跡を辿れば
20万年にもさかのぼれるというのに・・・。

今回セドナは、人類に、いや地球に、
いや太陽系そのものに
一体何をもたらすのでしょうか。

それでもなおかつ、凄いと思うのは、
それだけ大きな軌道を持つセドナですら、
宇宙から見ればまだまだ狭い範囲しか
移動していない、ということ。

私達がいかに小さいか、本当に思い知らされます。

ところで、セドナはイヌイット(エスキモー)達で
信じられている神話の女神です。
しかしこの神話たるや、
読めば読む程、げんなりしてしまうような内容で。

詳しいことは以下のサイトに詳しく書かれていました。

http://kotonoha.main.jp/2004/03/16sedna.html

なんつーか、このセドナって妙に親近感がありますよね(苦笑)
っていうか、今、こーゆーことを言っている人って多くないかな。
男女の区別なく。

親のスネを齧って生きていくことの安楽さにあぐらをかいて、
結婚することのしんどさに目を背けている。

って他人事のよーに言ってますが(汗)
もちろん、私も含めての話ですだよ(汗)

で、いき遅れた挙げ句、鳥人間と結婚すると。

しかし、私がセドナだったら・・・
例え相手が鳥人間でも、カラスでも、愛すると思う。

一度愛した人なら、相手がどんな存在でも愛を貫くよ。
鳥だろうが犬だろうが、妖怪だろうが宇宙人だろうが。

結局、セドナが何故、死ななくてはならなかったのか。
それは、彼女が、人として生きていなかったから。
受動的な彼女がもし人としての能動性を思い出し、
ダンナになった鳥人間と結ばれたら、
この話はもっと違ったものになったのかも知れませんね。

私は、このセドナというのは
聖と俗を象徴しているのでは、と思っております。

誰の中にでもある、最も身もフタもない部分。
それはきっと、生きる為の最後の生存本能かも知れません。

そして、それを捨てるか、いや、
それを超越できるかどうかを、セドナは問うのかも・・・。

・・・どちらにしても、私達にはスケールが大きすぎて
分らない世界ですが。

こういう物凄い節目に私達が生まれたということを
私達は認識すべきだし、受け入れるべきなのでしょう。


自分の生を、真に生きる。

人として。


これからは、それができるかどうかが、
問われる時代となるのでしょう。

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2004.03.06

冥王星は、愛なのだ。

「愛には、光と闇があるのよ。」

これは、
某所開設のため、せっせと掃除をしている時に、
しみじみと、院長が語っていた言葉。

愛かあ・・・・・。

確かに、分る。

愛ゆえに、時に人は苦しみ、憎しみをあらわにする。
というより、憎しみとは愛の闇の部分なのかも知れない。

その話をしていた時、数日、どうも私は
変な状態だった。頭が痛く、首の辺りに何かを
常に差し込まれているような感覚が取れない。

だからだろうか、その時、
私は微妙にトランス状態になっていた。

愛・・・。光と闇・・・。

心・・・。深淵・・・。

・・・
8ハウス・・・。蠍座・・・。


冥王星・・・。


「そうか・・・冥王星って、実は愛なんだ。
 愛を象徴している天体なんですね!」

ゴミ袋を振り回しながら、少しだけ興奮して
私は振り返って、院長に叫んだ。

「なーに言ってるのよー、それって、だから今、
 私がずーっと言ってることじゃーん!」

「そうか・・・・・・。」

愛着があるからこそ、人はそこにこだわる。

人が生まれた瞬間、冥王星のあった場所は、
最もその人が愛着する場所であり、
時には憎しみを伴いながら、そこを正視することもなく
ただひたすらに、感情の呪縛にとらわれて
何かに操られているように、その行為を繰り返す。

私は兼ねてから、8ハウスというのは
心のハウスだと思っていた。
信頼とか、人と人の絆を象徴する場所だと思っていた。

蠍座や8ハウスが強い人が、何故、自分より
人との繋がりや、心そのものにこだわるのかと
私はずっと不思議だったのだけど、今はよく理解できる。

彼らは、本当に、人との繋がりに意味を見い出している。
それが生きる意味だと思っている。

つまり、愛を最も大切に思う人たちなのだ。

愛とは、一人では出来ない。
一人で盛り上がるのは恋であり、5ハウスや獅子座の管轄だ。

まず心を許す人やものがいて、その対象にどっぷりとハマり、
自分という枠を壊し、外から新たな力をチャージする、
変容のための大切なプロセス。

それが愛であり、
蠍座(方向性)であり、8ハウス(場所)であり、

冥王星(行動)なのだ。

ただ、それを「無意味だ」と散らすのが、
次に続く射手座であり、スクエアの水瓶座。

獅子座は人のことなど関係なく恋に走り、
自分をまず大切にする牡牛座は、
自分より人を大切にする蠍座のことを、
きょとんと見ている。

うーん。深い・・・。

冥王星=愛 だとすると、愛の無敵さがよく分るし、
愛をどこか恐れている男たちのことも理解できる。
愛は感情の産物であり、女の専売特許だからだ。
(もちろん例外もあるだろうけど)
まさに感情の真髄。

しかし、冥王星が愛だとすると、
それに匹敵する、ロゴスを象徴する天体は何だろうか。

私は、それは天王星だと思っている。

冥王星に比べて天王星か、と思われるかも知れない、
けれど、やはり、それしかないと思う。

水瓶座のルーラーであり、自立を目指して
常に飛び出そうとする天王星。

天王星はウラヌスを象徴している。
冥王星はプルート(地下)。

天王星は、土星によって成敗される。
男性性を放棄し、その中から金星が生まれた。

金星は、ずっと以前は、闘いの星と呼ばれ、
凶星の扱いを受けていた。
今の金星は、もしかしたら、土星によって成敗され
地に落された、力を失った女性性なのか。

少し脱線してしまった。
何はともあれ、天王星と冥王星というのが
自分の中でも、最も葛藤を抱えた激しい部分というのは
本当に、分る。
それこそがスサノオなのだろうし、
動乱の世には必ずあらわれるコンビなのだと思う。

あたかも火と水の闘い。

私達の世代は、その最も困難な物事を、
なんとか融合させようと、試みる世代なのか。

天王星と冥王星。

乙女座において、しかも最も人の下意識と繋がる部分において
革命のアスペクトを持つ私達は、
来る動乱の時代に備えて、まず人の心の在り方を
変えようとする、時代の節目の調整役として
生まれてきたのかも知れない。

最も、苛酷で、
最も、刺激的なこの世に。


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2004.02.23

フライパンの戦士たち

2004年現在、90歳から65歳くらいの人は、
世代的に冥王星が蟹座に入っている、
蟹座冥王星世代です。

つくづく思うのは、現代の
この物質的に恵まれた環境は、
彼らが粉骨砕身して、
家族のために活躍してきた
おかげだと思うのです。
頭が下がる思いです。

自分の周りで整っている
社会、物質流通、住居など、
当り前のように享受している私達は、
実は、たった60年くらい前には、
それらの全てが無かったことなど
知識では分かっても、実感としては
何一つ分かっていないでしょう。

蟹座冥王星世代の人々、
特に女性は、自分たちの全てを犠牲にして
家族を守って来ました。
まさに、フライパンを持つ戦士たちです。

当時の女性像から考えると、
彼女達は先進的な発想で、時代の荒波の中、
積極的に闘って来ました。
戦争で働き手を失った人も多く、
結果的に、男性と同じように活躍し、
家族を養ってきたという人も多かったはずです。

今、彼女達が私達を見ていると、
なんて勝手なことばかりしているのだろう、と
思うことでしょう。

蟹座のテーマは
「みんな、同じ。」です。
そこにカルマを示す冥王星が入っている彼らは、
家族や国家、民族に
深い悲しみと傷を持つ人が多いのです。

だからこそ、自分を投げ打って、家族のために
頑張って来た人が多いのでしょう。
しかし、その替わりに、
自分たちと同じ価値観を踏襲しないものは
全て、異質であり、異能であり、勝手なものだと
排除するという一面も持っています。

自分たちは、
自分らしく生きてはならない。
自分のために生きてはならない。
彼女たちは、そういう呪いを自分にかけています。
そして、子供たちにも、同じ呪いをかけている
というパターンもあるでしょう。

乙女座冥王星世代は、この蟹座冥王星世代を
両親に持つというパターンも多く、
彼らから呪いを全面的に受けてしまったために、
前代の獅子座冥王星世代より
非常に抑圧的な人が多いのも、
頷けるものがあるかも知れません。

もちろん、私の両親も蟹座冥王星世代です。

この呪いそのものは、
何千年も続く根の深いものかも知れませんが、
現代において、その威力を最も喰らっているのが、
彼女達なのではないでしょうか。

しかし、私は思うのです。
その当時の女性観を塗り替える程の活躍を
実は、彼女達はしていたはずなのだと。

例えば、女性が男性並みに働くということは
それまでは無かったのではないでしょうか。
私の母も、美容師という時代の先端で、
自分の能力を活かして活躍していたのです。
まさに、自立した女性の先駆者だったのです。

女性の権利を奪う。
この呪いは、とても強烈なものです。
きっと、女性という力が邪悪なものとして
排除された時代から続くもの・・・
イザナミにかけられた呪いと私は考えていますが、
しかし、何代も続く女性たちの挑戦の中で、
その呪いは、少しずつ解除されてきているのでは
ないでしょうか。

私たちの世代は、彼女達から呪い解除のバトンを受取って、
少しでもいいから、それを解除させなくてはならない。
次の世代に続けるために・・・。

フライパンの戦士たち、
あなたたちは、嘆くことは何もないのです。
胸を張っていいのです。
歴代の中でも、生え抜きの戦士たちなのだから。

そして、
私達も、それに続くことでしょう。
次の世代の礎となるために・・・。

自然の理の上に成り立っていた
男女それぞれの権利と役割を
この世界に取り戻すために・・・。

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