2012.06.29

当ブログについて

こんにちわ、もりむらです。

こちらは2004年頃に
旧姓にて掲載していた旧ブログです。
占星術等の記事など、参考になるものも多く
記録のために保存しております。

書いている内容が古く
リンク切れになっている記事も有りますがご了承下さい。

現在は以下サイトで活動中です
http://uranailab.ehoh.net/
あわせて御覧ください。

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2008.02.07

旧暦のお正月

今日は7日。
旧暦のお正月ですね。

私最近までずっと勘違いしていたのですが、
立春=旧暦正月 だと思っていたのですよ。
でも、実は違うんですね。

以下、こよみのページから引用します。

旧暦は立春正月の暦というのに、
なぜ立春と旧暦の元日が一致しないのだろう
という疑問を持つ方は多いようです。

そもそもの誤解は、
 旧暦は立春正月の暦 = 立春に正月を迎える暦 
と短絡してしまうことに始まります。

立春正月の意味 
旧暦は立春正月の暦であるというのは、
年の初め(歳首または年首)が立春前後に来るように
調整された暦と言うことで、ぴったり同じになるという意味ではありません。
どれくらい前後するかというと、「最大±半月」です。

このようなずれが起こってしまうのは、
旧暦が日次(ひなみ)を月の満ち欠けという太陰暦の要素から決定し、
月次(つきなみ)を太陽の動きを示す二十四節気という
太陽暦の要素から決定する太陰太陽暦であるための宿命のようなものです。

月の満ち欠けの周期と
太陽の一年の動きの周期が割り切れないものであるため、
月次を二十四節気にあわせて配置しても、
日次の始まりである朔(新月)の日は
ぴったり二十四節気には合わせられないのです。

仕方がないので折衷案として、
「最大±半月」の範囲内で一致すれば良いことにしたのが旧暦です。

(引用終わり)

おおっそうだったのか。。
つまり二十四節気は太陽の動きだったんですね。
どうりで毎年、太陽のサビアンと二十四節気が正確にリンクしていたもんです。

で、旧暦の元旦というのは、月の動きと連動しているため、
立春に一番近い新月と考えていいわけですな。

というわけで、正月=新月、しかも今回は日食。ということで。

これから半年のはやり廃りを左右する日食。
今回は何を示しているでしょう?

・・・うーん?良く見るとあまり度数的に日食といえるかどうか。。。微妙だなあ。
十度も離れてる。

むしろ二十二日の満月の月食のほうが近いですね。


何はともあれスキャンダルが多そうな感じですね。
サビアンもあれですし。。

あと今回地震もちょっと心配かな。
地震って四季図より日食月食に良く出てくるので。。


もうちょっとしっかり読んだほうがいいかも知れません、、
今夜はもう眠いのでまた今度。。

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2008.02.05

昨日の少し補足ですが・・

何だか久しぶりに書いたと思いきや、
いきなりぶっ飛んだ内容になってますね。すみません(汗)

少し補足です。
私が言った「鬼」というのは別に良いものでもなんでもなく
よく分からないけど、ちょっと特殊な存在じゃないのかという話ですね。

年齢より若く見える血筋というのは事実なんですよ。
母は五人姉妹ですが、一番顔立ちが違い、祖母にそっくりで、
祖母と同じようにいつまでも若く美しかった。
私はそこまで美しくないです。。私にとって母はコンプレックスでしたから。
何で私は似なかったのかと。。
顔立ちは似ていませんが、いつまでも若いというのは似ているみたいで、
それだけでも良かったのかも知れませんが。

まあそれでも、歳相応の生き方や考え方をしなかった自分は
やはり痛い存在だっただろうし、
それを教えてもらえたことは感謝しなくてはならないのでしょう。
決して、自分の全てを肯定しているわけではありません。

こうだくみの言うことは一理はあるんですよ。
言い方と考え方は下品ですけどね。

だけど、誰でも歳を取るということ、
人には様々な事情があるということ、
私のように確かにおかしい人間もいるのだけど、
それを少なからずとも苦痛に思っていること・・・
など、想像力を働かせていれば。。
というかタレントが公共電波を通して言うことの責任を
もっと彼女は考えるべきでしたね。
ここでこれを許しては日本の倫理観は最後だったと思いますよ。
子供とか母親に絡むことは一番言ってはならないことなんですよ。
人々の根底、本能に触れることなんですから。

何だか昨日のネタ、タイムリーだったらしくトラックバックがくるくる。
しかも変なサイトから(汗)
全て削除していますが。

ほんと、日本ってどうなってしまうのかなあ。。


ところで現在山羊座冥王星ですが、
サビアン二度
「戦争により教会のガラス窓の三枚のうち一枚がわれている」に
なるのは、ことし三月十日の午前八時五十五分です。
記憶に新しい9.11は、この度数に火星が入ったときに起こりました。
この時は火星が射手座に長期滞在した直後の出来事だったのですけどね。

でもそれよりも、翌日十一日午前二時ごろ、
月が牡牛座に入った瞬間あたりがもっと嫌な感じですね。
乙女土星と一緒にグランドトラインになるのですが、その力が
蟹座火星にカイトで注がれる。
グランドトラインとカイトっていっけんいい感じなのですが
天体の組み合わせが犯罪とか地震とか、
何らかのアクシデントにかかわりやすいのがちょっと。。

このくらいに、アメリカのスパイ衛星が地上に落下するというのも
嫌な話ですね。どこに落ちるんでしょう?・・

マップでみると太平洋ど真ん中って感じですが。。


なんにせよ、今年の三月は色々ともめそうです。
春分図からして、ハードすぎる。

波乱の時代の幕開けですな。

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2008.02.03

今日は節分です

お久しぶりです。
なんと、考えたら前回から一年以上も経っているのですね。

色々ありすぎて、一体どこから話せばいいのやら・・・。

私のサイト、月的空間ですが、
大変申し訳なかったのですが、去年の末に閉鎖させていただきました。
個人事業も2007年末で廃業です。
改めて、違う形でサイトを再開しようと思っていますが
その際はもっと気楽な形で再開しようと考えております。

今までの資料もそのままにするのはもったいないので、
違う形で使いたいと思っています。
その際はこのブログでも告知しますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

ところで、今日は節分。
明日は立春。節変わりですね。
東洋の節変わりと、西洋における太陽の度数は実は結構密接でして、
毎年太陽のサビアン「ラブバード」~「ビジネスマン」の時になっています。
ラブバードの度数は、西洋占星術でいうところの固定宮のパワーポイントに当たるので
なかなか的を得ているというか興味深い話です。

節分といえば本日は恵方巻き、つまり太巻き丸かぶりの日です。


実はここしばらく、私は悶々としていました。
先日ラジオで、倖田來未が発した暴言が元でした。

以下、日経スポーツの記事から引用します。

倖田来未が失言「35歳回ると羊水が腐る」
 歌手倖田来未(25)が1日夜、先月29日放送のラジオ番組で「35歳を回るとお母さんの羊水が腐る」と不適切発言をしたことについて公式ホームページ(HP)で謝罪した。所属事務所エイベックス・エンタテインメントなどには批判の声が相次ぎ、同社が深夜まで対応を協議した結果、新アルバム「Kingdom」のプロモーション活動を自粛する事態に発展した。

 2日に生出演予定だったTOKYO FMの降板をはじめ、7日の福岡、13日の名古屋キャンペーンなどを自粛する方向で調整している。2日放送の日本テレビ系「恋のから騒ぎ」など、既に収録済みのテレビ、ラジオ番組は各局に判断を委ねるが、現状では変更なく放送される見込みだという。

 倖田はHPで「私が発言した内容により、皆さまに不快な思いをさせてしまったことを心より深くおわび申し上げます」と反省し、軽率な発言を認めた。しかし、騒動はクライアントにも飛び火した。CMキャラクターを務めるコーセー「VISEE」のホームページは、この日夜までに「このサイトは都合により一時停止させていただいております」と閉鎖された。女性向けの化粧品とあって、敏感に反応したようだ。

 失言があったのは、先月29日深夜1時から放送されたニッポン放送「倖田来未のオールナイトニッポン」。番組冒頭、倖田の男性マネジャー(31)が結婚した話題で出産の予定に触れ「やっぱ35(歳)回ると、お母さんの羊水が腐ってくるんですね。ホントに! 例えば汚れてくるんですよね。だから、できれば35歳ぐらいまでに子供をつくってほしい」と発言した。

 この発言に同局には、放送後からこの日夜までにメールで二十数件、電話で数件の苦情や問い合わせが寄せられた。番組が収録だったこともあり、同局もHPで「パーソナリティー倖田来未の不適切な発言を放送しました。配慮を欠き、誤解を招く放送をしたことをおわびするとともに、深く反省します」と陳謝した。

 関係者によると、倖田は「いい子が産まれてほしい」というマネジャー夫妻への愛情表現として発言したつもりだったが、現在は深く反省しているという。

[2008年2月2日8時29分 紙面から]


最初のこの記事を他の場所でよみ、
よせば良いのに2ちゃんのスレを見てまた落ち込む。

何故こんなにショックを受けるのか?

彼女の発言は世間の見方の一つを的確に示している。
三十以上になって子供を作らない人間に対しての偏見と侮蔑。
三十以上になっても結婚、子供を夢見る人間への嘲笑。

そういう見方があることは真実だと思う。

私自身、そういう見方をする人に会ったことがある。


それによって私は心から傷ついた。
それが現実なのに、認められなかった自分、
そんな情けない、痛い私を公の場所で晒されて。
でも反論できるわけもない。それこそが真実だから。
そして真実であるがゆえの残酷さに打ちのめされたから。

その時、私は、結婚と恋愛を完全にあきらめて
一人で生きていくことを決心した。


そうか、事の根底はこのことと同じだったのだと
昨日、ふっと気づいた。だから私はここまで感情的になるのだと。

倖田來未の言うことは世間の一つの見方だが、
しかし、彼女の母親も彼女を三十六歳で生んだという話も聞くと
実は彼女自身が、さんざんそれで人から侮辱を受けたのではないかと思う。
彼女の品位の低さはそのあたりから来ている可能性もある。
自分はそうならない、だからこその発言だったのだろう。


高齢になればなるほど子供が作りにくくなるということは真実だ。

しかしそれに対しての世間の対応の冷たいこと。
それでも現代はこうやって反論できる環境にあるが、
もっと過去になればなるほど、その風当たりたるや凄まじいものがあったはずだ。
現代はまだ幸福なほうといえるだろう。

中世では私のような立場の人間は魔女扱いだったし、
(まあ実際、魔女なわけなんだが)
下手すれば殺されていたケースもあったはずだ。

だがしかしその一方で、現代はあまりにも子育ての出来にくい社会システムになっている。
早くに生むことが一番いいのが当たり前、でも
それを許さない事情があるのも現実。

養育費、教育費は年々上がるばかりなのに、
上がる税金と生活費。 働かないとお金が足らない。
それなのに共働きで子育てが、なかなか出来ない社会事情。
保育園もいっぱいで安心して預ける場所もない。
いったいどうしろっていうんでしょうね。
専業主婦できる人の方が限られてきているというのに。。

ここまで考えてきて、思う。

何故、私は結婚できなかったのだろう。


上記のケースは結婚しながらどうしても適齢期に産めない人の場合だ。
そういえば私の母の場合もそうだった。私の前には三人くらいいたが、
全て生活のために犠牲になったと聞く。私は満を持して生まれた子供だったのだ。
また不妊に苦しむ人々もいるだろう。
それらは当然分かる。しかし私はそれらには何も該当していない。

私はそれ以前の結婚が出来なかったのだから。

自分で選んだことだから、自分の責任なのは分かっている。
だが選んだ、その理由は一体何なのか。


私たちの世代は身の程知らずの甘ちゃんであり
現実を直視できず、いつまでも王子様を待ち続けているから。。
という話もある。

確かに口うるさく、相手に細かくチェックを入れ、文句が多い世代ということは認める。
しかしその文句はどこから来ているのだろう?

実は文句とは、文句が目標なのではなく、
「結婚したくないため」の言い訳なんではなかったのか。

何故したくないのか?


こんな私でも、付き合ってくれたりプロポーズしてくれた人もいた。
しかし結局私は、異質なものを受け入れることが出来なかった。
自分を捨てることが出来なかった。

女性として一番美しいはずの二十台前半、
ある人と一日出歩いた帰り、玄関で思わず私は
崩れるように力尽きて倒れた。

耐え難い苦痛だった。

それから、その人を避けまくり、逃げまくって、
もう会えないと最後に電話で言った。
彼は納得できないまま、分かったといって電話を切った。
今でもその時を思うと体が硬くなる。

相手にしてみれば、どうして私がそこまで
拒絶反応をするか、まったく理解できないだろう。
私自身だって、全然分からない。
どうしてそこまで男性を毛嫌いしなくてはならないのか。
体全体で拒絶するのか。。

まあこれが乙女座の苦しみなんだろうが
結局自分の管理できないものが自分の中にあることが
赦せなかったんだろう。
自分の枠を壊して人と一体になることが出来なかったんだろう。


今はどうなんだろう?


一番強固な乙女座の殻は、
射手座冥王星によってひびが入ったはずなのだが。。

だけど、単に乙女座冥王星を否定するだけでは
あまり意味がないと思う。

射手座冥王星が教えてくれたことはとても意味があったし
感謝している。これはもう心から。

その上で、どうして乙女座がそこまで厳しく自分に殻をつけているのか
今一度、考えてもいいのかも知れない・・・・。


とまあ、恵方巻きから話がずいぶんとそれてしまったのですが
そういうことを、悶々と考えてたのです。

今日は久しぶりにゆっくりと休日がとれた日。
これまた久々に雪が積もり、家で色々と用事をしていたのですが
雪の中、近所の和菓子屋さん(お餅屋さんかな)で
太巻きハーフ買ってきました。

買い物から帰ってくると、
同じアパートの家族が豆まきをしていて、
お嬢さんが私にも豆をくれました。
でももうお母さんが掃除をされていたところだったので、
家の中でまくね、といって私はお礼をいって部屋に。

手のひらには豆が四粒。

それを見て、なんだろう、何かが降りてきた。

そして気づいた。


私こそ、鬼じゃないか。
私、まだ自覚がなかったんだ。


私はその豆を口の中に放り込みつぶやいた。


「鬼は内、福も内。」

そう、それでいい。
それでよかったんだ。


そして夕飯、もくもくと恵方巻きを食べる。
南南東を向いてまるかぶり。
太巻き半分とはいえ、ちょっときつかった~(汗)

でも何だかすっきりした。
さっきの気づきが、さらに腑に落ちていくのを感じて。


私は何故結婚できなかったのか。
それは私が鬼だからだ。
特殊な存在だから、普通の結婚なんて無理、
それを良く知っていたからだ。


遺伝子のうち、細胞内のミトコンドリアの遺伝子は
母親から百パーセント引き継ぐらしい。

私の母も私の祖母も鬼の血統なのだと思う。
私の母は私と同じく歳をなかなかとらない。
実家で写真を見てびっくりした。
五十台でも三十台といってもおかしくない美しさ。
それは祖母でも同じだった。
ただしある程度の歳になると急に加速してふけていくのだが。

私だって十歳は軽く若く見える。
だんだん歳をいえなくなってきているのだが。。
実年齢を言うと皆がひいてしまうからだ。
気味が悪いからだろう。


鬼とは恐怖の存在ではあるが、と同時に祀られる存在でもあったはず。

wikiから由来を引用すると

「おに」の語はおぬ(隠)が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。そこから人の力を超えたものの意となり、後に、人に災いをもたらす伝説上のヒューマノイドのイメージが定着した。 とある。

人智を超えた存在。

だからこそ普通の人間の幸せから遠いところで生きていく定めなのだ。

何を引け目に感じる必要があろう。
それが私なのだ。仕方あるまい。

もう、誰にも、文句は言わせない。

私は私を受け止めて、生きていく。
これからも。

何気にチャートを見ると、「腑に落ちた」瞬間は
月が山羊座に入った瞬間だったようです。
つまり冥王星・月が合になった瞬間。

射手座冥王星のときだったら
精神状態が不安定になるところなのですが、
肝が据わる(っていうか開き直りか?)というあたり
さすが山羊座冥王星。乙女座の肯定から入るんですね。

やはり山羊座木星・冥王星は、楽だ・・・
本来の自分が、だんだん息を吹き返していくのが分かる。


20080203

写真は国立天文台が公開しているフリーソフトの
4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」の画面です。
素晴らしい出来なのにフリーソフトとは本当に太っ腹。
しかし、重いです。
あまりの重さにくじけそうになりました。


200802031
200802032

他の二枚はステラナビゲータの画像。
こちらのほうは軽いですが、
Mitakaに比べると精度が低いような。。
画像の解像度などは仕方ないと思いますが
冥王星の軌道がちょっと違うような??
セドナやエリスも入ってませんしね。
Mitakaの凄いところは最新情報がすでに反映されているところです。

こうやって見ていると、冥王星ってつくづく遠いですね。
こんなに遠い星に影響を受けているなんてナンセンスだと
言う人たちの言うことも分かるような気がします。

でも少なくとも私には分かる。
そのメッセージが。

冥王星だけじゃない。星からの言葉が私には分かる。


この力は、きっと何か、大きい使命に役に立たせるために授けられたのだろう。
ならば、使うしかない。

でも、何のために・・・??


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2006.08.27

IAUの太陽系惑星の定義確定について

2006年8月24日、14日よりチェコの首都・プラハで開催されていた、国際天文学連合 (IAU) 総会において、太陽系惑星の定義が確定されました。

現地時間で午後二時、日本時間午後九時から全体会議が開かれ、総会に出席した約2500人の科学者全員による投票により、午後三時半過ぎ(日本時間午後十時半頃)に新定義が採決・確定されたのです。

この定義により、太陽系惑星は水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星の八個となり、冥王星はそこからはずれ、「矮惑星 (dwarf planet)・仮称」という新カテゴリに属することになりました。

(時間などの情報ソース:毎日新聞 2006年8月25日 東京夕刊

この定義が確定する前は、セレス、キロン、カロン、2003 UB313(仮称ゼナ)を惑星に加え、合計12個に惑星を増やすという案が上がっていたのは記憶に新しいところです。

それを聞いて、私は無理のある案だと思っていました。セレス、キロン、仮ゼナはともかく冥王星の衛星カロンまで何故?二重惑星としての扱いでいいのでは。というよりやはり全体的にゴリ押し感がありすぎるこの案、明らかに政治的策略のにおいがしました。

冥王星の惑星としての位置づけには、発見国・アメリカの威信がかかっている。冥王星を無理やり惑星として存続させるために、つじつま合わせの苦肉の策として考えられた案だったのでしょう。

当然のことながら科学者たちからは猛反発をくらったようで、22日の会議は罵声飛び交う騒然とした状況だったそうです。

一国の思惑に愚弄されてたまるか。という科学者たちの怒りがそこまでの事態を引き起こしたのでしょう。そしてその反動が、発案者の思惑に反して、冥王星を惑星から外すという決断への弾みともなったに違いありません。

ということで、冥王星は惑星として外れたわけですが、そのことに対しての、現時点での私の見解と、決定時チャートから導かれる分析をここで明らかにしたいと思います。


●地球人にとっての惑星とは

すいきんちかもくどってんかいめい。
星を覚えるのにあまりにも有名な語呂合わせですが、それにもあるように、近代日本の教科書には、ずっとこの順番が刻まれていました。
難しいことがよく分からなくても、惑星とは、太陽系という家族の地球の兄弟と人々は認識しているでしょう。

私は惑星という存在は、人類の意識階層に直結するものだと考えていました。近代は冥王星がそのもっとも外側にあり、人類が認識する太陽系、つまり意識の限界点を象徴していると。

しかしその理屈で言うと、今回の結果は、人間の認識する範囲から、冥王星を除外するというものになってしまいます。

占星術には年齢域という考え方があります。各個人が生まれたときに刻まれた、チャートの中でそれぞれの天体が主に活躍する時期のことですが、冥王星が担当するのは一説によると死後の世界といわれています。人間が活躍するもくそも、死んでしまった後のことをどうすれば。という感じですが、確かに実占では、先祖がらみとか何とも説明できないような因縁が絡んでくることの多い天体でした。

一方、同じ土星以遠の天体であっても、天王星・海王星はもう少し人間世界に近く、特に天王星海王星がみずがめ座に入ってからというもの、テクノロジーの急激な進化により、天王星を象徴するコンピュータやハイテク家電は当たり前のように生活に浸透し、その後うお座に天王星が入ってからは海王星とはミューチャルレセプションになり、海王星を象徴するスピリチュアル世界にも改革が入り、新聞に普通にアロマや癒しといった言葉が並ぶようになりました。

冥王星は1990年代に発見されれば惑星にはならなかった。という言葉が今回の会議で出たそうですが、当然です。天王星・海王星が、ここまでテクノロジーを進化させたからこそ、エッジワース=カイパー・ベルト天体(Edgeworth-Kuiper Belt Object、略してEKBO)が大量に見つかったのですから。

それよりはるか昔、水星よりも小さな天体が、一人の研究者の根性の一念だけで発見された。それこそが冥王星自体の性格を暗示し、その特異性を示しているのですが、所詮科学といっても人間の小さな定義に押し込めようとしても無理な話で、常識が通用しない冥王星は、惑星としての地位を奪われてしまいました。

個人的には、決議の知らせを聞いて私は怒りを禁じ得ませんでした。結局人間というものは、自分の認識範囲以外のものをこうやって除外するのか、と。十二個に惑星が増えると聞いたとき、私は少し期待したのは、改たな意識の広がりが人類に起こるのではないかと思ったのです。しかし結果は、逆に後退でした。人間は退化したのだな、と、嫌な気分になったのです。

しかし、改めてチャートを見て、記事を読み、分析すると、違うものが見えてきました。


●冥王星は自らの意志により惑星地位を返上した?

採決時のチャートを見ると、一ハウスに冥王星が入っている。この決議自体は冥王星の意志であることを示しています。私はこのチャートを見てまず最初に考えたことは、冥王星は自ら惑星という地位を返上したのだ、ということでした。

正確な時間は分からないものの、アセンダントは射手座前半の、ぶっ飛んでいるくらい最も知性が研ぎ澄まされている度数あたりです。

そのチャートを元に今後の展開を予想していきます。

冥王星と、アセンダントのルーラーである木星は、現在蠍座にあり、冥王星とミューチャルレセプション。
11ハウス(国際社会)において、獅子座土星、金星、水星と、水瓶座海王星から、それぞれスクエアという否定のアスペクトで傷つけられ、迷走しています。

今回の決定は国際社会では批判を浴びるでしょう。古くからの慣習、文化、人々の愛着に逆らって、科学者たちの投票によって強引に決定されたからです。しかしその批判も、結果的には常識という十字架の元に埋め込まれ、封じられます。

しかし逆に人々は、冥王星の存在を強く感じるのです。一種の象徴として輝くのか、逆に軽んじられ非難されるのか。どちらにしても発見以来、今くらいあの目に見えないくらい小さく遠い星に、人類の意識が集中する時はなかったでしょう。


●惑星地位返上は冥王星のアメリカとの決別を示している

冥王星が惑星として発見されたのは1930年2月18日、アメリカ。
再度の世界大戦を予感させる時代のうねりの中、米国人たちの熱狂的大歓迎の元、太陽系の家族として迎え入れられたのです。

その後、世界は大戦へと導かれ、アメリカが発見した冥王星が象徴する核兵器を、世界で初めて武器として使ったのもまた、アメリカでした。

それからの地球は良くも悪くも、アメリカという一国の意志によって振り回された歴史をたどったといっても過言ではないでしょう。

テクノロジーの急激な進化により、冥王星の大きさや質量が明らかにされ始め、EKBOに同クラスの天体が多数発見され、惑星としての地位に疑問の声が上がってもなお、強大なスポンサーであるアメリカへの配慮から、冥王星が惑星の座から降りることはありませんでした。

冥王星が太陽系の惑星として存在するためには、アメリカとの関係性が切っても切れないものとなっていたのです。

実際、トランシットを見ていても、チャート上で冥王星を象徴しているのはアメリカ、というケースがであることが多かったようです。

冥王星は惑星という狭い常識の範疇からはずれることで、アメリカとの関係からも外れようとしたのでしょう。また、核の支配権をアメリカから取り上げようとしたのかも知れません。

実際この決議と同時期に、イランへの核開発問題が拡大しています。イランは核開発中止を拒否し、アメリカの干渉に対してノーを言っています。
アメリカの干渉により太陽系そのものを支配しようとしたゴリ押し案に対して、ノーをつきつけた今回の決定に似ています。

●今回の決定は山羊座冥王星時代への布石

報道によりますと、IAU総会に日本代表として出席した海部宣男元国立天文台長は、24日の会見で、教科書の記述変更は08年度以後とするよう、日本学術会議として政府に要望する考えを表明しています。

日本における教科書書き換えは2008年。
山羊座冥王星時代の開始と同時期です。

一部の説として、山羊座冥王星時代に入った直後は、あたかも時代が逆行したかのような現象が起こるというものがありますが、今回のことはその時代の布石になるのかも知れません。

常識という範囲で収まらないものは排除の方向。射手座冥王星で無軌道に拡大したことへの反動として、逆に伸びすぎた枝葉を容赦なくカットする方向で時代は流れていくのでしょう。


●トランス・ネプチュニアン天体という新しい概念こそが今回のキモ

そこで常識とは何かという疑問が出てきます。
実は常識とは、そんなに強固なものではないということを今回の決議は意味しています。

確かに大切だし個人の力でどうすることも出来ない重いものですが、時代の流れによりあっさりと変動するのが常識というものなのだと、今回の件で人々は実感するでしょう。

そして実は最も大切なことは、トランス・ネプチュニアン天体という新しい概念が、常識の最たるものである教科書に刻まれるであろうということです。

占星術にはトランスサタニアンという概念がありました。それも今後は、トランスネプチュニアンという概念に書き換わるでしょう。

なぜならば、人間の常識が、土星ではなく、海王星にまで拡大したからです。

それは人類にとって海王星を意識するということと同時に、そこを人類の境界と定めることで、その外側天体である冥王星を強く意識することにもつながります。

海王星がを象徴するのは夢、イメージ、無意識の世界、ファンタジー。形を無くして空間に溶け込む力。幻想。インスピレーション。曖昧、嘘。薬物・アルコールなどを示しています。映画やゲーム、バーチャルリアリティ、スピリチュアル世界も加わるでしょう。今までは社会として無用な存在だったそれらは、今や情報産業や癒し産業として十分に成立しています。

トランス・ネプチュニアンという言葉を見たとき、私は、人類の意識は後退したのではなく、むしろ進化したのだと気づきました。
つまり今回動いたのは、意識ではなく常識だったのです。目に見える土星から海王星まで常識が拡大されたという事が今回の出来事の本質であり、人類の意識のほうは、多数の天体の発見によりむしろさらに冥王星すら超えて拡大したといえましょう。

今後、明快で実際に触れるもの以外に、曖昧なものも重要な要素として人々は取り入れようとするでしょう。例えばカオス理論などがそれにあたります。
(カオス理論(Chaos theory)・・・決定論的な動的システムの一部に見られる、予測できない複雑かつ不規則な様子を示す現象を扱う理論)

社会常識に海王星が入り込むということは、今回のチャート上での土星と海王星のオポジションが象徴しています。このハードな改革を促しているのが、そのオポを調停している冥王星です。つまり冥王星は自分が惑星の地位を放棄することで、常識に海王星を入れ込むことを実現させたのです。


●2015年以後、再び冥王星は地位を改める

今年、アメリカ航空宇宙局 (NASA) が打ち上げた無人探査機ニュー・ホライズンズ (New Horizons) は、人類初の冥王星探査機です。

予定では2015年に冥王星に到着することになっています。

おそらく到着以後に、冥王星のベールが剥がされることで、また大いなる発見があり、冥王星の地位は改められるでしょう。

それまで私たちは、この時代の変革期において、常識とそれの外側の両方を、冷静に客観的に見つめ続けていく必要があるでしょう。


●占星術における冥王星の位置づけ

術を使う私個人のスタンスとしては、重要な感受点として今後も冥王星を判定要素に加えていきます。ただし、人類の常識が書き換わった今、以前と同じ読み方をしていくのは愚の骨頂であることには間違いありません。

今回はつくづく、ミューチャルレセプションということを考えさせられました。

以前当ブログで、冥王星と蠍座木星のミューチャルレセプションについて述べました

その時私の発言を引用します。

木星は射手座のルーラーですので、蠍座に木星が入るということは、現在射手座にある冥王星とミューチャルレセプションになるということ、つまり木星がモロに冥王星と同じ存在になるということだと思うのです。

この発言は一部で批判されたようです。
確かに不勉強かつ不正確な発言です。お詫びして修正します。

私としても冥王星と木星が同じになると思っているわけではありません。存在が同じというよりは、意志の同調が起こるというか、木星の拡大行動に冥王星の意志が入っているということを言いたかったのです。射手座に冥王星が入ってからというもの、すでに木星にはその傾向がありましたが、それがあからさまに強調されるのだと。

実際、今回もはっきりとその現象があらわれていたのではないでしょうか。

冥王星が惑星であろうとなかろうと、こうやってリレーションは行われていくのは間違いないでしょう。現代社会にはノーと言われても、今後も蠍座の支配星であることも変わりないと思います。

ただし、先ほども述べましたが、今後は占星術もトランスネプチュニアンという概念を組み込む必要が出てくると思います。というかそれを入れないと現実的な読み方が出来ないはずです。

古典派占星術のやり方は学として学ぶべきですが、そのやり方に固執していては、今後の発展はないでしょう。時代の進化とともに、占星術も進化すべきです。

海王星が社会常識となったということは、今後、占星術も復権することすら考えられるからです。

そのために、もっと学術的に研鑽する場所、受け皿を整備するのが、現在、星を読む私たちの責務となっていくであろう、と私は考え、目指すことを表明します。


●余談 冥王星とビーナストランシット

今回の決議は、冥王星というより太陽系の内と外という境界を人類が再認識することに繋がると思いますが、そこでふっと私は、以前取り上げた、ビーナストランシットの事を思い出しました。

http://www.kiss.ac/~wani/VenusTransit/index.html

今回のサイクルは2004年6月8日から2012年6月5日です。

ビーナストランシットが起こるとき、歴史ではいつも境界の扉が開き、外との世界の交流が始まりました。

つまり、今回は、太陽系という境界が開き、いよいよ外宇宙との交流が始まるということの前触れではないでしょうか。

そしてその鍵を握っているのが、太陽系の外郭カイパーベルトを統べる冥王星、近づきつつあるセドナ、2003 UB313なのかも知れません。


 


(以下 参考関連サイト)

国立天文台 アストロ・トピックス(233):(速報)太陽系の惑星の定義確定

国立天文台 質問5-8) 惑星の定義とは?

アストロアーツ 【速報】太陽系の惑星の定義確定

日本惑星協会(冥王星、惑星の座を失う!)

ザ・ナインプラネッツ日本語版(冥王星)

冥王星 - Wikipedia

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2005.05.07

蟹座の土星が指し示すもの

現在、試練の星・土星は、蟹座の22度にあります。

蟹座は、家族・家・ルーツ・故郷・国家を象徴するサインですが、そこに土星が入ると言うことは、それらの象徴に対して、試練が訪れるという意味になります。

土星は、2003年6月4日10時31分に蟹座入りし、今年7月16日21時35分に抜けて、次のサインである獅子座に入ります。

人によっては、ここ2年間、家族というものについて、色々と考えさせられたり、試練だったという人が多かったのでは無いでしょうか。

また、蟹座・山羊座・牡羊座・天秤座の太陽の人は、獅子座に入った位から、何か頭のつかえが取れて、ホッとするような気持ちになる人もいるでしょう。

もちろんテーマが移動しただけで、土星が無くなったわけではなく、新たなテーマが引き続き起こるのではありますが、家族のこと、家や暮しについての苦しさは、ひとまず決着が付くのでは無いかと予想できます。

実は、土星が蟹座入りした2003年6月4日は、私が現在住んでいる下宿が見つかり、即決した日でもありました。

振り返れば、この2年。本当に色々とありました。
感慨深いものがあります。

土星の動きと共に、連動している今の生活は、確実に一つの節目を迎えるのだろう、今、そんな気持ちで一杯です。


さて、この土星は、今年年末に起こるグランドクロスの時の、主役となるテーマを抱えて移動しています。

私が去年末に作成した小冊子「2005年アストロブック」には、こう書いてあります。

*******

☆星が語る、2005年の世間全体の動き☆

●2005年のテーマは、 「理想の現実化に向けての構造改革」です。新しい理論のもと、それぞれが、古い体勢をいったん崩し新しいものを再構築そうとするきっかけとなる出来事が起こるでしょう。

理想の現実化のためには、大きな犠牲を払います。金銭的、人材的にも消費するでしょう。しかし、それらの何かが欠けてもうまくいきません。四元素(理論、物質、意志、行動)を全て揃えて、はじめて構造化は達成できるのです。

それをにらみ、 動きやすい年の前半から「大きな犠牲を払ってでも、実現したい理想」を設定し、早めに準備をしておくことが求められます。

●だいたい7月を境にして、大きく動きが変わりそうです。

それまでの前半は、活気があり、それゆえに気が緩みやすく、楽なほうに流されやすくなる傾向が出て来ますので、いかに欲求に惑わされず、全体を見て準備できるかで後半の過ごし方が変わってくるでしょう。

7月からは、国内に重苦しい雰囲気が流れ始めます。
7/28〜7/31は特に緊迫するようなアクシデントが実際に起こる可能性があります。全てにおいて慎重さが求められます。旧体勢と新体制の拮抗、自国の意見を外交でも明確に呈示できるような国の在り方などが問われ始めるでしょう。しかしそれはなかなか実現できません。


*******

ここにあるように、今、社会全般に起こっていることは、

(1)家族・家庭、または企業の家族的体制における、問題点の顕現化

ということが、第一に挙げられると思います。先日のフジテレビ対ライブドアの闘いにおけるフジサンケイグループ、福知山線の列車脱線事故における、JR西日本の数々の問題などは、それらの影響を受けているものの代表と言えましょう。

また、それと今、同時に起こっていることは

(2)それに対して、改革を加えようとするものの動き

があります。

その動きは、今までの旧態依然としたやり方ではなく、もっと新しい人材と、新しい可能性を求めて、思い切ったやり方で、自分たちの欲求を満たそうとします。

ただ、ここで問題となるのは、そのやり方が、いささか常識を超越しているというか、社会のルールや道義的・倫理的・法律的に合わない手段で行なわれるという傾向が出やすいということです。

ライブドアのやり方は、まさにその代表格と言えましょう。結局、彼らの体力と実力を超えた挑戦は、圧倒的な実際的権力の前に、敢え無く挫折してしまった形となっています。

上記の原稿で私が「楽なほうに流されやすくなる傾向が出て来ますので、いかに欲求に惑わされず、全体を見て準備」と書いてあるように、今、私たち一人ひとりが心掛けるべきことは、土星が提示している問題点を無視するのではなく、かといって、道から外れたルール違反でこそこそとするのではなく(いっけんこちらのほうが楽かのように見えます)、地道なようでも、一歩一歩、その時の日の為に、改革への目標を明確に定め、年末のグランドクロスに向けて、本当に必要な人材と経済力の確保をして、正面から、道にそった方法で、体制改革をすべきなのです。

いまもし、楽なほうへの誘惑に負けてしまったら、結局本当の意味での改革などは望めないし、土星(現実)の前に敢え無く潰されてしまうだけでしょう。

ここでひとり一人が考えなくてはならないのは、今の欲求というのが、一体何処から来るかということでしょう。

いま、星が言っていることは、社会に対して、いかに自分の個人的な欲求を捨て、社会全体のために何ができるのか、大きな世界の中で社会的な役割を果たせるのか、それを求められていると思うのです。

もし、それに対して、個人的な欲求を満たす為に星の力を使おうとしても、それは結局、天道に添わないものとして、潰される。それが今の流れなのだと思います。

今、苦しんでいる人は、まず、この苦しみは、遠回りであっても、一歩ずつでも挑戦し続ける目標を、見つけるための試練と受け止めて下さい。

そして、楽な方向に流されるのでは無く、社会的な責任を考え、そしてその上で、どうすれば誠意をもってこの問題を乗り越えていけるのか、考えて下さい。

自分が変われば、周りが変わる。考えてみれば、蟹座土星と共に見つけたこの下宿も、自分が動き挑戦したから得られたのだと、思い出します。天は、自分がその試練を逃げずに乗り越えようとした時、初めて力を貸してくれます。

誰でもなく、自分自身との闘い。それが今、誰の上にも降り注ぐ、星からの課題なのだと、本当に思います。

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2005.05.01

GW中の交通/トラインの罠、スクエアの恩恵

いや〜、もう5月ですね。あっという間の4ヶ月でした。もう季節は初夏。昨日や一昨日などは関西では気温が30度を超えたということで、一足早い夏って感じですね。

お天気もいいし、ゴールデンウィークはレジャーに旅行に、という人は多いのではないかと思います。

しかし、今回のGW、どうぞ皆さん、移動には気を付けて下さい。

電車・車・飛行機・船など、あらゆる交通機関に乱れが出ることが予想されます。しかも5/1〜5は星的にも緊張していて、大事故に至らないまでも、小さなミスなどでの交通機関の遅れなどが考えられます。
スケジュールには充分に余裕をもって外出すること。電車などの少々の遅れでイライラせず、今はそういう時なのだと逆に開き直る余裕も必要です。

星で考えると、今年の春分図で、交通機関の事故やトラブルが多いというのが暗示されているので、次回の春分までは全般的にこの傾向は続くのですが、4月24日の満月は、それらを思いっきり強調し、現象として浮かび上がらせるという作用をしているようです。

5/8の新月で、かなり安定するとは思うのですが、それまでは、移動そのものは本当に注意する必要があるのではないかと思います。

先日の尼崎の電車脱線事故以来、高速バスや飛行機の滑走路の指示ミスなど、交通機関の事故やトラブルが頻発しています。また、ここしばらくの事故やトラブルを見ていると、「うっかり」ミスが顕著に出ているようです。

例えば28日午前6時10分ごろ、磐越道上りの大阪発仙台行きの高速路線バスが、中央分離帯に衝突して横転した事故は、ベテランの運転手が運転していたのにも関わらず、一瞬のわき見で事故に繋がっていたとのことです。

読売オンラインの記事内によると、

>福島県警高速隊の調べに対し、バスを運転していた運転手矢川孝昭容疑者(49)(大阪府東大阪市宝町)が「運転席隣にあるコーヒーなどの入った棚の扉が開いたので閉めようとして脇見をした」と供述。

と、あります。私たちも運転していて、一瞬だけナビを見たり、CDを出そうとちらっと前から目線を外すことがありますよね。きっとこの運転手も、その感覚だったのだと思います。

慣習どおりのルーチンワーク、その一瞬の気のゆるみをつく。全般的に流れているのは、そういう傾向だと私は見ています。

交通機関だけでなく、流通、メール、通信機器などの乱れも考えられます。PCの不調も起こりやすいかも知れません。
コミュニケーションや、言動にも乱れが出がちで、連絡もなかなかいかないなどの現象が起こるかも知れません。全般的に、やはり余裕が必要ですね。


それにしても、今回のことでつくづく思うのは、スクエアというものは確かに障害でありトラブルではあるのですが、それによって違う視点を得て、今までの弱点が分るという作用があるということです。

出来事があったとして、「それでいいじゃん」と認めてしまうのがトラインだとすると、スクエアは違う視点から「待てよ、本当にそのままでいいのか?」と疑問を投げ掛ける、そんな違いがあると思います。

特に、その天体が土星や火星、水星だとなおさらです。

自分の生まれた時のチャートにそれらの天体がからむスクエアがあると、どうしても「まっいいか」ということは出来ないと思います。それは自分の内面からかも知れないし、育った環境がそうなるのかも知れませんが、どちらにしても、Aという出来事に関して「まてよ?」と疑問に思ったり、物事を疑って考えるクセが出てくると思います。

だからどうしても悲観的になったり、狭量になりやすいという傾向があるかも知れません。

しかし、問題から逃げて放置するトラインの罠を考えると、何倍もこのスクエアには恩恵があるな、と私は考えています。

もっと言うと、トラインは木星、スクエアは土星的な役割をするものなのかも知れませんね。

今回の各種の事故やトラブルは、本当に不幸なことではありますが、この出来事をただ悲しみで思考停止してしまうのではなく、問題点を浮かび上がらせ、解消することで、2度とこんな悲しい出来事が起こらないよう、心掛けることが、生きている私たちに架せられた役割なのかも知れません。

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2005.04.08

星読みの理由

最近、占星術の講座はないのですか?という有難いお言葉をちらほら頂いております。

私も常々考えていたのですが、初級というか、ベーシックなサワリくらい、少なくとも本人のチャートを読んで状態が分る程度の講座やセミナーは出来ないかなあと思っておりました。

基本的な内容のテキストを見ながら説明し、それぞれのチャートのキモとなる部分を読んで、スターゲイザーなどの占星術ソフトで、トランシットを考えるだけでも、ずいぶん違うかも知れませんね。

ただ、曲がりなりにも基本といえども、その技術を伝授するからには、その倫理をも伝える必要があるなとも私は考えています。

私の場合、星を読むのは、最初とても楽しかった。しかし途中からどんどん苦痛になっていきました。
未来をある程度予測できるというのは、楽しいことばかりではありません。そして人の運命の片鱗に触れることは、悲しみと苦痛も共有します。実際、鑑定する時というのは、皆さん切羽詰まって来られる時です。その悲しみと苦しみを、ある程度受け止め、それを昇華するのも星読みの役目の一つだと私は思います。

ありとあらゆる悲しみと苦しみを受け止めるためには、人以上の苦しみと悲しみを体験する必要があるとも思います。そのてん、私は本当にまだまだと思うこともあります。

だから本音を言えば、誰でもかれでも星読みに、とはとても私には思えません。想像以上に苛酷な職業だからです。ただ自分のチャートを知り、流れを読み取る程度ならばいいのではないかと思っております。

そのセミナーの場合、テキストも分りやすく、完全に初心者むけにするつもりです。また御興味あるかたは是非メールを下さい。

それにしても、以前私が聞いたことで、不幸な占い師が開運指南をするのはへんだよね、という事がありましたが、その時はなるほどそうかもと思っていたのですが、今にして思えば、そんなことはないかと思っております。

占い師とは本来魚座か12ハウスの世界の住人であり、それは社会から逸脱し、その世界観を解体するという役目をになっているのです。

だから占い師は、俗世間のいわゆる「幸運」というものから、最も遠いところにいて、客観的になれるからこそ、冷静になって社会を俯瞰できるし、アドバイスもできるのです。もちろん社会のルールや仕組を勉強することも必要でしょう。しかし、そこで大切なのは、例えばどんなに株式を勉強しても、占い師は基本的にそれに手を出してはいけないのだと思います。

必然的に、貧乏なのに金運を読んだり、無職なのに適職のアドバイスをしたり、独身彼氏いない歴ウン年でも恋愛の指導をしたり、ということもありえます。

ここで問題なのは、それらの「社会的幸運」に対して執着を持っていることが一番占い師としてはみっともないことなのだと思います。「満足」していないままその状態になっていても仕方がありません。そうではなくて、それらに対しての執着を手放した上で、アドバイスをすることが必要になるのだと思うのです。

易でいうと「天山遁」の上九、「肥遁」の心境ですね。山の中の仙人。

そもそも、社会のそういう部分から、心か解き放たれている状態になっていることが肝心なのです。

私はずいぶん長いこと、自分のその運命を受け入れることに抵抗がありましたが、今はとても静かに、その「役割」を受け止める気持ちになっています。まあ、まだまだですがね(苦笑)

細木氏がテレビで吠えていましたが、まああれもある意味マスコミという12ハウスの住人とも言えますが、あんなに派手に「社会」に出るのでは無く、妖怪ポストに手紙を入れたら、カラコロとげたをならしながら登場する、本物の占い師になりたいものだなあと私は思っています。

*****

最近、トランシットと歴史の対応やら、社会の政治経済の対応やらを調べたり考えたりしていると同時に、東洋の易経を読んでいるところです。西洋占星術なのにどうして東洋? 逆に日本人なのに何故西洋占星術?というのは私のなかでもジレンマでした。私は明らかに東洋的な発想と哲学思想に共鳴している人間です。しかし占星術という観点で考えると、どうしてもやはり西洋占星術のチャートのほうがしっくり来るようです。

西洋も東洋も、そもそも星の運行で考えていたという点は同じだったのではないかと思うのです。西洋のキメ細やかさで、東洋的にアスペクトの考え方ができればいいなあと思っていますが。。。

それにしても易はすごいです。これはもう神の領域に踏み込んでいるかも、と思うことがあります。

7日の朝のニュースで、笑うことで、人間の中の遺伝子で64個動くものがあるのだと報道していました。新陳代謝を促し、血糖値を下げる作用があった「笑い」。笑うというのは、物凄いことなのかも知れません。サビアンでもサインの最後から最初に抜けていくエネルギーは、「笑い」というものが必要になるのではないかと私は思っていました。

そして64というと、易の卦の数と同じだ、と、眠けが一気に吹き飛ぶ気分でした。

遺伝子のパターンと易のパターンというのは、関連性があるのではという話も本で読みました。
本当に神秘的です。

巧妙に作られた易は、実は高度な数字の魔法。そんな気がしてなりません。

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2005.03.09

かけがえのないもの

私たちの世代の最も深刻な問題点は、人やものを管理できる、いや、管理しなくてはならないという強制的な思い込みなのだと思う。

私も例に漏れずその世代の一人だった。自分のことはもちろん、自分の周りの全てを管理しないと納得できなかった。

昔、可愛がっていたオカメインコの「まる」。2羽のオカメを失った後に、ベストな季節を待ってついに手に入れたヒナだけに、もう喜びも愛情もひとしおだった。ヒナの時から体重を計り、その上下に一喜一憂し、栄養ある挿し餌を研究して与え、温度もサーモスタットを使用して完全に管理していた。

しかし、そのまるも今はいない。

私が関東に来て1年ほどたったある朝、カゴの中で羽と血をまき散らして絶命していた。私はその悲報を遠く離れた横浜で聞いた。

まるは、私より母になついていた。もちろん母はまるの面倒をしっかり見ていた。しかし悲劇は起こった。。

未だに原因は分らない。しかし、どうやらストレスから羽をむしっていた時、出血が酷くそれを見てショック死したのではないかと今は思っている。

これほどまでに完璧に管理していたのに、どうしてまるは死ななくてはならなかったのか。

今にして思えば、完全な管理こそが、まるのストレスだったのではないのか。

私はまるのために、まるへの愛ゆえにと思って体重を計っていた。しかしその話をある人にした時、その異様性を指摘された。

鳥がじっと体重を計るのを喜ぶ訳はないのではないのか、と。

そして、何故 そんなにグラム単位で管理しようとするのだと。

私はそれを聞いて最初きょとんとしていた。鳥にとって体重の上下は生死を左右する。食べないことは即死亡に繋がる。そう思っていたからこそ、きちんと食事をしているかどうか、私たちは毎日は計っていたのだ。

しかし、今となれば、その異常さは良く分る。

まるは、完全な過保護の中、いつしか鳥としての本能ず押しつぶされるイライラから、羽をひくようになってしまったのではないのだろうか。

乙女座冥王星は自分の全てを管理しようとする。予測不可能なものを認めず、全てを認識した上でコントロールしようとするのだ。

あたかも生物を機械か無機質のように扱うのだ。

しかし、それが物質や無機質なものならともかく、生物、有機物の全てを管理できる訳が無い。いや、物言わぬ物質・無機質なものですら、時には予測不可能な出来事があり得る。その時に慌ててそれをないものにするのが乙女座冥王星だとすると、今、射手座冥王星が突き付けているのは、それに対してのぜい弱さだろう。

管理することが目的になっている私たちは、何故管理するのかという「何故」の部分が抜け落ちている。その何故の部分に、本当に相手への愛が充当するならば、予測不可能なことや、相手の意志への尊重、自由を認める寛容さが必要になってくるのではないのだろうか。

心や意志は、コントロールできない。理屈が必要だけど、それだけでもだめ。何度も失敗し、何度も挑戦しながら、相手をねじ伏せるのではなく、相手を受け入れる努力が、私たちは他の世代以上に必要になってくるし、意識化する必要があるのだと思う。

先日、テレビで開発中のアンドロイドが映っていた。機械にも石にも命はあると私は思うが、それはもっと深遠なるものだと思う。有機質である人間や生命を受け入れることが出来ないものが、その愛に気付くことが本当にできるのか?と私は思う。

私たちはピノキオを目指して生まれて来たのだろう。しかしピノキオが勇気をもって闘い人間になれたように、私たちは人にならなくてはならない。人としての自分を認めなくてはならないのではないかと本当に思う。

せっかくかけがえのない「生命」をもってこの地球に生まれてきたのだから。

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2004.05.23

ほにゃらら・オーダー?

20040523

最近は、ずっと6/6のセミナーに合わせて、今度発生するビーナス・トランシット(金星の日面通過)から関連して、金星や占星術などを改めて調べつつ、鑑定の仕事をしています。

その資料の中でも、特に、先日参加したいけだ笑みさんの講座(ウロボロスの占星術)で紹介された、kuni kawachiさんの「占星術概論」は、古典派のエッセンスが、これでもか、これでもか、と凝縮されていて、大変興味深く、一気に読ませて頂きました。

いや〜、正直言って難しい内容なのですが、笑みさんの講座に先に出て勉強していた成果もあってか、何とか読破することが出来ました。

難しいと言っては語弊があるかも知れません。
内容はとても丁寧で、分り易く明解に書かれています。

私自身、今まで習得したのは、あくまでも「モダン派」と呼ばれている技法であり、それに慣れているというせいもあっていか、馴染んでいない、というのが原因なのであって、本そのものものは、頭が下がるくらい丁寧に書かれています。

で、上の画像なのですが、実はこの「占星術概論」の表紙に書かれていた、カルディアン・オーダーの真似っこのようですが、実はこれ、私が、今年の4/3に、酩酊状態になりながら描き上げた図形だったりしたのでした。
この時、トランシット月は乙女座で、射手座冥王星とタイトにスクエアに向かっている時に、フラフラに緊張しながら、トランス状態になって書いたのです。

中央の六芒星は、地球そのものを示し、天動説にのっとって、10天体が周りに配置されています。

私自身、これを書き上げた時、なんかまだ納得できてなくて、だからこれは途中なのですが。
良く分らないのですが、この同心円、そして距離感が、ポイントなのかなあ、とか思いながら書いていました。

この配置が科学的にどうこう、というつもりは、全くありません。
どうあっても太陽は太陽系の中心であり、地球は惑星のひとつです。

ただ、地球に住む私たちが、主観的に天空からのエネルギーを享受する時、こういう構造が分り易いのではないかなあ、とか思っていたのを覚えています。

この天体を動かして、アスペクトを作ってもオモシロイなー、とか。

また、この場合、太陽は実は地球自身を示し、地球から見た、目標のようなものを示しています。

だからその逆には、かならず等身大の、地球ポイントっちゅーものがあるのかなあ、とか。

私はまだまだ弱輩ものですから、とてもとても偉そうなことは言えませんが、やはり土星以下の7天体の大切さと共に、土星の限界を超えるものである外天体の要素や、現代とは違うバックボーンを加味する必要が、今の私たちにはあるのではないかな、と思ってしまいます。

まあ、何はともあれ、とにかく勉強です・・・。

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